NFLの報奨金問題について

 3月2日のことですが、アメリカNFL(National Football League)のチーム、ニューオーリンズ・セインツが、試合中対戦相手に負傷を負わせた選手に高額なボーナスを支払っていたことが明らかになり、大きく報じられました。
 報道によると、例えば、相手をノックアウト(脳震盪ということでしょうか)させた場合には1500ドル(約12万円)、カートで運ばれた場合は1000ドル(約8万円)が、それぞれ設定され、実際に支払われていたといいます。そしてこうした違法ボーナスの額は、プレイオフになると2倍から3倍に吊り上げられたとも報道されています。
 試合の内容によって、年俸とは別の特別ボーナスを設定しているチームはあるようですが、しかしそれはあくまでも、勝敗を決するような好プレーをした場合です。今回のように、暴力的なラフプレーに金銭が支払われていた事実が明るみになったのは初めてのことで、選手を含めNFL関係者はショックを受けたようです。
 確かに、セインツには以前から、相手の負傷している箇所を狙ったり、膝下めがけて、一歩間違えば膝を折りそうなタックルをするなど、危険な守備プレーが目立っていました。相手に重傷を負わせかねないプレーをチームが奨励しているのではないかと、私もしばしば嫌な気持ちになっていたのですが、ボーナスまで出して、対戦相手をいわば故意に傷つけようとしていたというのは、想像の外でした。
 その後、3月21日になって処分が決定し、セインツの守備コーディネーター、グレッグ・ウィリアムズ(現在はセントルイス・ラムズに移籍しています)に、違法ボーナスを主導したとして1年間の出場停止、ヘッドコーチ、ショーン・ペイトンに、ボーナス制度を認識しながら黙認したとして、同じく1年間の出場停止、そしてチームには50万ドル(4200万円)の罰金と、今年と来年のドラフト2巡指名権の剥奪、等の罰則が発表されました。
 セインツの行ったことは、スポーツにおけるフェアプレーという点で問題なのは当然ですが、加えて、チームの弱体化につながるという点において、非常に問題であり、かつ無意味な行為であったと私は思います。
 私は、フットボールにおける強い守備の要素とは、選手の体格の優劣や身体能力、ましてやセインツが奨励したような暴力性ではなく、チームがいかに合理的に無駄なく機能できるかであると考えます。
 フットボールでは、攻撃の時も守備の時も、プレーの前にフォーメーション(選手の配置と、インプレー後の動き方)を決めておきます。フォーメーションによって、各ポジションがどう動くかは決まっており、選手はそれに厳密に従ってプレーしなくてはなりません。フットボールは、攻撃・守備合わせて22人もの選手が一ヵ所でひしめき合うので、一人でもフォーメーションを無視して動くと、全体の連携が崩れてしまうのです。そうなると組織的な守備は成り立ちません。
 しかしその一方で、守備が上手く行かなかった時、例えば守備の壁が突破された時は、今度はフォーメーションにこだわらず、自発的な判断ですばやく対応することが求められます。そしてチームメイトの動きには互いに目を配り、誰かが対応したら、迅速にそのサポートに走らなくてはなりません。
 きちんと統制されたプレーをすること、同時に、自発的、かつ柔軟な対応をすること、それによってチーム全体がよく連携し、組織的で機能的な守備ができることが、強い守備チームです。
 こうしたことはもちろんフットボールに限ったことではなく、チームスポーツならば何にでも当てはまることです。しかしフットボールの場合他の競技と少し異なるのは、1プレーにかかる時間が非常に短いことです。
 フットボールのプレーは攻撃側がボールをスナップ(地面に置かれたボールを後方の味方選手に渡すこと)して始まり、ボールが地面に落ちるか、またはボールをキャリーしていた人が地面に膝をつけば、そこで1プレーが終わりですが、プレーは精一杯長くても数十秒、短いと数秒です。そのため、前述のことが非常にシビアなレベルで求められることになるのです。
 選手は短いプレー時間の中で、目の前に展開されるプレーに極限まで集中力を高め、精神を研ぎ澄ませなくてはならないはずなのです。しかし、セインツはそこに、「相手チームへのラフプレー」という、本来試合には不要な要素を持ち込んでしまいました。それによって、選手の試合に対する集中力は間違いなく散漫になったはずです。
 私は、セインツの守備チームの選手たちが、試合よりも、相手に怪我を負わせてボーナスを得ることに集中したと言いたいのではありません。しかしラフプレーに対する報償というものがチーム内に設定された時点で、選手たちは、たとえそうしたプレーをするつもりがなくとも、相手選手の負傷を狙うような行為を意識せざるを得ない精神状態に誘導されてしまう面はあると思います。そしてそれによって、極度に緊張し、デリケートな状態にある選手たちの精神状態は大きく乱されることになったであろうとも思います。
 グレッグ・ウィリアムズがコーディネーターとしてセインツに加わったのは2009年シーズンでした。確かにその年、セインツはスーパーボウルで優勝しています。しかし、その翌年、翌々年はいずれもプレーオフで敗退し、スーパーボウルに出場すらできませんでした。試合を見ても、年を追うごとに、チームは成績以上に精彩を失って行ったように思われます。(守備だけでなく、攻撃もです) このことは、私が上で述べたことを、皮肉にもセインツ自身が身をもって証明した結果であるように思います。つまり彼が行ったことは、選手たちの集中力を奪い、士気を萎えさせて、チームを弱体化させる結果しか招かなかったという点でも、意味のない行為であり、批判されるべき行為といえます。
 NFLの選手で、相手チームの主力選手などに怪我を負わせれば勝利が転がり込んで来る、などと安易に考えている人はほとんどいないと思います。しかし一方で、負傷すれすれのハードタックルや、またはそうした激しいタックルを受けること、つまり怪我を恐れずに肉体を痛めつけるプレーが賞賛の対象になることも確かです。
 そして、NFLが内包しているこうした、ある意味でゆがんだ価値観が、今回の事件を招いた背景であったように私には思われてなりません。
 フットボールはハードコンタクトで成り立つスポーツですから、破壊力のあるタックルや、または逆に激しいタックルに耐えられる肉体に、選手が誇りやアイデンティテイを見出す気持ちは分かります。また、それらが試合の勝敗につながる一要素であるのも事実です。しかしその結果、フットボールは多くの、そして恐らくは他の競技よりもずっと深刻な、スポーツ障害を生んでいるのもまた事実です。足、背中、首などの怪我から、脳震盪による脳の後遺症、痛み止め薬の中毒まで、多くの元NFL選手が引退後身体のトラブルを抱えています。このことは長い間ほとんど目を向けられてきませんでした。少しずつ報じられ、問題視されるようになって来たのは近年になってからです。
 競技経験者ではない私には分からないこともあるかもしれませんが、私は、フットボールのハードコンタクトはあくまでも、プレーに貢献する範囲のものであるべきだと思います。相手や自分の体を壊しかねない、必要以上に乱暴なプレーは、決して試合を面白くするものではないし、またそうしたプレーをしなくても、迫力のある試合を見せることはできるはずだと考えています。
 この報奨金の問題は、セインツやその関係者を罰して終わるものではありません。コーチ、選手、ファン一人一人が、試合やプレーへの意識、選手の体に対する意識まで含めて、競技のあり方そのものを見直し、フットボールがより良い方向へ発展するためのきっかけになればと願っています。
(2012/4/10)

TOP  ESSAYS

inserted by FC2 system