あとがき
 大内義弘は大内家の第二十五代当主、南北朝の時代に生きた人です。作中で触れているように、最初は幕府の九州経略に、上洛後は明徳の乱、南北朝の合一などに活躍しましたが、最後は堺で幕府に対し謀叛の兵を挙げ、壮絶な討ち死をとげました。(応永の乱)
 この作品は、その大内義弘という人物から筆者が感じた「情感」のようなものを、恋愛譚の形で小説にしたものです。作中に登場する義弘の人物像だけではなく、小説に流れている雰囲気や空気、それ自体が、筆者が垣間見た義弘像であると思って読んでいただけると嬉しいです。
 今回は久し振りに周防を離れ、京に舞台を移しました。周防を出たのは、二年以上前に書いた「朧月」以来です。主人公・陶子の屋敷を嵯峨野に定めたのは、古くから公家衆に愛されて来た景勝地であることと、「嵯峨野」という名の美しい響きに惹かれたからです。この辺りは渡月橋が観光地として有名ですが、そこから五分も歩くと全くひなびた、のどかな田園風景が今も残っているそうです。こうした北嵯峨の景色を愛する人は多く、あちこちのブログなどに、きれいな写真が紹介されており、作品のイメージを膨らませるのに大変助けになりました。
 最後に作品の内容について幾つか。
 作中、義弘が作歌について色々と語っていますが、これらはほとんど、今川了俊が歌・連歌の指導書で書いた内容を借りたものです。
 陶子の母の親族として登場する三条公秀とは、鎌倉から南北朝時代の公家で、「残太平記」によれば、義弘の父、弘世が上洛した際に、この公秀の娘、秀子(陽禄門院。崇光天皇・後光厳天皇の生母)を賜ったのだそうです。(ただし、福尾猛市郎氏によれば信憑性は低いとのこと)当てずっぽうな名前を出すよりは、多少なりとも大内家と関わりのある、公秀の繋がりということにしたのでした。
 後半小道具に登場する琥珀香は、実在の香油です。中東において、有名な薔薇水などと並んで古くから使われていたもので、本当に、あの宝石の琥珀から、乾留法で抽出するのだそうです。大陸貿易を盛んに行っていた大内家ですから、そういう遠方の品も、中国や朝鮮を通じて手にしても不自然ではないのではと思います。非常に柔らかい香りであるとも、革に似た男性的な香りであるとも言われます。琥珀から作った香水。実際はどのような香りがするのでしょうね。

後日談 >
この作品を読んだ大学時代の友人が、インドに出張した折におみやげに琥珀の精油を買って来てくれました(謝謝)
実際の香りを知らないままに書いてしまったので、きつい香りだったらどうしようとかいろいろと心配だったのですが、実際はムスクによく似た、甘くて古びて雅やかな、とても良い香りでした。南北朝時代の人が使っても違和感はなさそうです。安堵しました(笑)



参考資料
■福尾猛市郎「大内義隆」 吉川弘文館
■川添昭二「今川了俊」 吉川弘文館
■臼井信義「足利義満」 吉川弘文館
■佐藤和彦「日本の歴史11 南北朝内乱」 小学館
■佐々木銀彌「日本の歴史13 室町幕府」 小学館
■佐藤進一「日本の歴史9 南北朝の動乱」 中央公論社
■豊田武・編「人物・日本の歴史5 内乱の時代」 読売新聞社
■国史大辞典(吉川弘文館)
・大内義弘
・今川貞世
・二条派
・冷泉派
■Wikipedia
大内義弘
今川貞世(了俊)
今川泰範
二条派
冷泉派
京極派


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