あとがき

 小説の筋を練っていた頃、こんな一文に出会いました。芥川龍之介の随筆「日光小品」の一文です。
「いつだったかこんな話をきいたことがある。雪国の野には冬の夜なぞによくものの声がするという。その声が遠い国に多くの人がいて口々に哀歌をうたうともきければ、森かげの梟の十羽二十羽が夜霧のほのかな中から心細そうになきあわすとも聞える。ただ、野の末から野の末へ風にのって響くそうだ。なにものの声かはしらない。ただ、この原も日がくれから、そんな声が起りそうに思われる。」
 足元からしんしんと忍び寄る冬の寒さ、雪の夜の静謐な寂しさ、恐ろしいようなわびしさが凝った、美しい文と思いました。大内義隆が雪中に不思議な声を聞き、息子晴持の亡霊と再会するという「雪梅」の筋は、この、芥川の書いた随筆が元ネタです。
 小説の時代設定は義隆のほぼ最晩年です。義隆は人生のほとんどを、領国統治と共に学芸の追求に費やして来ました。そして今は心を病んで鬱屈の日々です。その研ぎ澄まされた感性と、ガラスのように脆くなった精神は、この世ならぬものに翻弄され、呑み込まれつつも、それを受け止める許容を持たせるに相応しいと思い、彼を主人公に決めました。
 ところで作品紹介のページでも触れていますが、筆者の地元では毎年、「雪の幻想性をテーマに、雪を感じさせる物語」を主題とした「ゆきのまち幻想文学賞」という小説のコンテストが開かれており、この作品はこの文学賞に応募するために書いたものです。幻想小説という形式は初めてで、心の中に漠と浮かんであるイメージを、小説の形に結晶させるのに手間取りました。結局わずか十枚の作品に、脱稿まで三ヶ月以上かかりました。一番苦労した作品かもしれません。
 ちなみに、サイト掲載の小説は、応募したものそのままではありません。文学賞の常として応募の段階で著作権がコンテストの主催者側に移るため、あちこち手を加えたり、書き足してあります。


参考資料
■福尾猛市郎 「大内義隆」 吉川弘文館
■永原慶二 「日本の歴史14 戦国の動乱」 小学館
■杉山博 「日本の歴史11 戦国大名」 中央公論社
芥川龍之介「日光小品」


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